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「信頼」という最も大切な資産を守るために〜なぜ、公益法人が一人の経理担当者によって崩壊するのか〜

2025年8月7日 | 桑波田直人
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私は長年、公益法人や一般社団・財団法人を支援する活動に携わってきました。地域社会のために、恵まれない人々のために、あるいは日本の文化や環境を守るために、日々真摯に活動されている方々を数多く見てきました。その姿に触れるたび、頭が下がる思いと、この社会も捨てたものではないという希望を感じます。

しかし、同時に悲痛な場面にも何度も遭遇してきました。

長年の功績、社会からの尊敬、そして何よりも活動を支えてきた人々の善意。それら全てが、たった一人の職員が引き起こした経理の不祥事によって、一瞬にして地に堕ちてしまうのです。ニュースで報じられるのは、氷山の一角にすぎません。その背後には、言葉にならないほどの無念さと、信頼を失ったことへの深い絶望があります。

「なぜ、あんなに立派な活動をしていたのに」
「なぜ、誰も気づけなかったのか」

この悔しさと疑問が、私を突き動かす原動力となりました。そして、崇高なミッションを掲げる法人が、バックオフィスの問題で活動の危機に瀕することのないよう、専門家として支える仕組みを作りたいという思いから、財団を設立するに至ったのです。

このコラムでは、私が目の当たりにしてきた現実と、その解決策について、私の経験と信念を交えながらお伝えしたいと思います。これは決して他人事ではありません。すべての公益法人や一般社団・財団法人にとって、自らの組織を守るための「羅針盤」となれば幸いです。

なぜ、悲劇は繰り返されるのか

1 後を絶たない不祥事の現実

最近でも、私たちの耳に悲しいニュースが飛び込んできました。

(一財)K機構では、一人の経理担当者が10年以上にわたり、自分名義の口座に売上金の一部を振り込む手口で、約4,800万円を着服しました。発覚のきっかけは、担当者の入院に伴う業務の引き継ぎでした。

(公財)T公社では、事務局長自らが、私物購入のために約41万円を不正に支出していました。ここでも、事務局長が「一人で支出業務を行える状態」であったことが、不正の温床となりました。

これらの事例に共通しているのは、驚くほど古典的な手口と、あまりにも脆弱な管理体制です。そして、その根底には、日本の組織が抱える根深い問題が横たわっています。

2 不正を生む「3つの構造的欠陥」

なぜ、性善説だけでは組織を守れないのでしょうか。多くの法人で、以下の3つの構造的な欠陥が見られます。

(1)性善説への過信
「まさか、うちの職員が」「あの真面目な人が」。そう信じたい気持ちは痛いほど分かります。しかし、その信頼が、チェック体制の甘さを生み出します。一人の担当者に経理業務のすべてを任せきりにする「一人経理」は、まさに性善説への過信が生んだ、最も危険な状態なのです。

(2)形骸化した承認プロセス
規程上は理事長や監事の承認が必要でも、実態は担当者が作成した書類に、中身をよく確認せずに押印しているだけ、というケースは少なくありません。通帳と印鑑を同じ担当者が保管している、銀行口座の残高確認を担当者の報告だけに頼っている、といった状況は、不正を行ってくださいと言っているようなものです。

(3)経営層の無関心
「経理のことは、専門外だからよく分からない」。そう言って、担当者に丸投げしていないでしょうか。公益法人や一般社団・財団法人の経営層にとって、会計や内部統制の知識は、事業内容と同じくらい重要な責務です。その責務の放棄が、職員を不正の誘惑に晒し、結果として組織を危機に陥れるのです。

「性善説」から、「仕組みによる信頼」へ

悲劇を繰り返さないために、私たちは発想を転換しなければなりません。人を疑うのではなく、誰もが過ちを犯しうるという前提に立ち、「人でなく、仕組みで信頼を担保する」という文化を組織に根付かせるのです。

そのための具体的な方策を、「内部でできること」と「外部の力を借りること」の2つの側面から考えていきましょう。

1 自分たちでできる、はじめの一歩(内部統制の強化)

「うちは規模が小さいから、専門の部署なんて作れない」。そうかもしれません。しかし、小さな組織でも、すぐに着手できることはたくさんあります。完璧を目指す必要はありません。まずは、次に挙げるようなできることから始めることです。

承認と実行の分離
どんなに小さな組織でも、支出の「承認者」と、振込などの「実行者」は必ず別人にする。これは鉄則です。

記録と現物の分離
会計帳簿を「記録」する担当者と、現金や通帳を管理する「現物」の担当者を分ける。これも基本中の基本です。

理事による口座確認
理事長や担当理事が、金融機関から直接、取引明細書を取り寄せ、定期的に内容を確認する。担当者が作成した資料と照合するだけで、絶大な牽制効果があります。

強制的な休暇取得
経理担当者に、最低でも1週間程度の連続休暇を必ず取得させる。業務の属人化を防ぎ、引き継ぎの過程で不正が発覚するきっかけになります。

物品の現物確認
「T公社」の事例のように、購入したはずの物品が本当に存在するか、定期的に現物を確認する。単純ですが、非常に効果的です。

2 専門家を「仲間」にするという選択肢(外部リソースの戦略的活用)

内部での努力には、どうしても限界があります。特に、専門知識や客観的な視点は、内部だけでは担保しにくいものです。

私が財団を設立したのは、まさにこの「外部の力」を、公益法人や一般社団・財団法人の皆さんの「仲間」として提供したいという思いからでした。事務局代行は、単なる業務のアウトソーシングではありません。それは、組織の信頼性を高め、ミッションを守るための戦略的なパートナーシップなのです。事務局代行は次の3点において、組織の防御壁となり得ます。

強制的な職務分掌
記帳業務を外部に委託することで、内部の担当者は現預金の管理や承認に集中できます。これにより、不正のトライアングル(機会・動機・正当化)のうち、最も重要な「機会」を物理的に奪うことができます。

外部の専門家による客観的な視点
外部の専門家は、組織の人間関係や慣習に縛られません。異常な取引や不自然な支出の兆候を、客観的な目で発見しやすくなります。

プロセスの標準化と透明化
専門家が関与することで、経理プロセスが標準化され、誰が見ても分かりやすい状態になります。これは、経営層が会計状況を把握し、ガバナンスを効かせるための大前提です。

ただし、注意も必要です。経理代行を「丸投げ」にしてしまうと、経営層の当事者意識が希薄になり、かえってリスクを高めることにもなりかねません。

重要なのは、役割分担を明確にすることです。例えば、

【経理代行】記帳、月次報告書の作成
【法人内部】請求書の承認、支払いの最終承認、銀行口座の残高確認

このように、業務の実行は外部に任せても、最終的な「承認」と「監督」の責任は、必ず内部で持ち続けることが不可欠です。

ミッションに集中できる社会のために

公益法人や一般社団・財団法人が担うミッションは、お金には代えがたい、崇高なものばかりです。その大切な活動が、会計という本来は脇役であるはずの機能不全によって頓挫してしまうことほど、社会にとって大きな損失はありません。

私たちに求められているのは、性善説という心地よい慣習から一歩踏み出し、信頼を「仕組み」で守るという、少し面倒で、しかし誠実な努力です。内部でのチェック体制を地道に整える。そして、時には外部の専門家を「仲間」として迎え入れ、客観的な視点を取り入れる。

こうした多層的な防御策を講じることこそが、社会からの信頼という、最も大切で、そして最も壊れやすい資産を守り抜く唯一の道だと、私は信じています。

すべての公益法人や一般社団・財団法人が、バックオフィスの不安から解放され、本来の崇高なミッションに全力で集中できる。そんな社会の実現に向けて、私も皆さまと共に歩んでいきたいと心から願っています。

執筆者Profile

桑波田直人

桑波田直人(くわはた・なおと)
(一財)全国公益支援財団専務理事。(公社)非営利法人研究学会常任理事・事務局長。(株)全国非営利法人協会専務取締役。公益法人専門誌『公益・一般法人』創刊編集長等を経て現職。編著に『非営利用語辞典』(全国公益法人協会)、他担当編集書籍多数。